寝息
電話の向こうであなたの寝息
小さくなったり大きくなったり
時折寝返りか寝言か
あなたの声が混じります
聞きなれたはずのあなたの寝息が
今夜はどうにもいとしくて
電話を切ることができません
あなたが
電話を切らずに寝てしまうのは
これで何度目ですか
これまでは
それがほほえましくて
いつも優しい気持ちで
そっと電話を切りました
だけど今夜は
どうしても電話を切れません
さっきから何度も
電話のボタンに手をやるけれど
昔負った小さな傷が
ボタンを押す指をとどめます
そして僕は
もう一度あなたの寝息を聞くのです
山陰の旅館に一室で
あなたと最初に寝た夜から
その寝息は
僕の幸せでした
僕の傍らで安心している寝顔と
寝息を抱いて僕は寝たのです
来る夜も来る夜も
寝息を聞くたびに安心して
僕も眠りにつけたのです
だから
あなたの悲しみを救えなくて
僕の言葉が
あなたに届かなかった今夜
僕にとっては
この寝息がただひとつの幸せ
あなたの寝息だけがいつものように
僕を癒してくれるのです
電話の向こうの
小さな寝息に
愛しているなんてありふれてない
大切なんて当たり前じゃない
そんな言葉じゃ言いきれない
ただいとおしくて
どうしても失いたくない
あなたへの気持ちがあふれます。
明日あなたが目覚めたら
僕の言葉が
あなたへ届きますように
今夜とどかなかった
ささやかな思いが
あなたの胸へと届きますように
電話を耳に押し当てて
もう一度寝息を聞いてから
何度も何度もためらいながら
今度こそ電話のボタンを押します
おやすみなさい
また明日
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